高専制度に関するメモ

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zoom RSS 沿革と制度の特徴3(この項了)

<<   作成日時 : 2006/12/27 01:42   >>

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 運営面でも、高専の特異性は種々ある。校長のほとんどは大学の教員や文科省のキャリアなどの天下り。内部の教員が校長に昇格した例はごく少ない。たとえば、最近マスコミの耳目を集めている徳山高専校長の前職は、文化庁長官官房審議官である。なかには、宮内庁に籍を置いたキャリア官僚が校長になった例もある。もともと教育者でもなく、研究者でもない者が校長に就任している例がかなりの割合になるとみられる*7。

注7・私が卒業した高専の初代校長は、国立高専1期校を誘致できた論功行賞からなのか、県教育長から転身してきた。2代目は文部省管理局教育施設部長の天下り。3代目以降は近隣の国立大工学部の教員が引き受けている。


 大学のように教授会を設置する法的根拠はなく、制度的に校長専権のしくみになっているのも大きな特徴だ。教職員組合の存在する高専は全62校中20数校にとどまっている。このような歪な学校運営が行われている高等教育機関は他に例がないだろう。05年には、国立高専が独立行政法人「国立高専機構」に改組・集約され、一元管理的な態勢はいっそう強まった。

 また、高専の創設が国会で議論されていたころ、60年安保が高揚していた。そのような背景から、当時の文部省や産業界には「学生運動の起こらない学校」にしようという意思が働いていたといわれている。高専誕生直後に、文部省が「学則」「学生準則」のひな型をつくり、すべての高専に採用させた。その内容は、自治会の存在を認めず、学生活動はすべて許可制にするというもの。発想の源は同じだろうが、これとは別に全寮制高専もいくつかつくられた。日常的に学生を監視できる態勢だ。国会では、高専内で人権侵害が行われていると是正を求める声が挙がり、学生運動も闘われるなどして、一部は「改善」されたものの、基本的な構造は現在も温存されている。

 このように、時代にそぐわないしくみを残しつつ、ときに取り繕いながら、存続してきたのが高専である。同時に、高専制度を範にして、他の教育制度に影響を及ぼしたのではないかと考えられる制度や出来事もある(産学協同の普遍化、筑波大学をはじめとした新構想大学の管理手法、中学と高校を一本化した6年制の中等教育学校の誕生、高大連携の一般化、インターンシップの広がりなど)。高専のみが単立してきたというより、相対的に小さな教育機関であり、あまり目立たなかったことから、産業界や文部省(文科省)の意思をストレートに体現し、実験台として利用されてきた側面があるのではないだろうか。いわば「国策学校」だった。

 その高専が誕生して40余年――。いまでは利用価値のあまりないお荷物になっているのではないかとも思えるのだけれども、この際、行く末にかかわる議論を関係者にとどめることなく、大衆的に高専のあり方や功罪を論議してもいい時期ではないかと考えている。



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