高専制度に関するメモ

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zoom RSS 20年前にも短大側が専科大学化に反対

<<   作成日時 : 2007/01/03 01:11   >>

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 前のエントリー高専誕生前史 「専科大学法案」で日本私立短期大学協会の関係者が国会の公聴会で「専科大学法案」に反対したときの発言を転載した。50年前になる1957年のことだ。

 21年前の1986年、中曽根康弘が設置した臨教審でも、高専の専科大学化を求める答申が出され、文部省の大学設置審議会・分科会で議論された。だが、やはり短大関係者の反対により、87年に「結論なし」となったという。歴史は繰り返されるということだろうか。

 当時、すでに雇用機会均等法は施行されていたが、実態的には、女性の新卒者は総合職と一般職に分断され、賃金の安い一般職として採用された短大卒は大企業に大いにもてはやされていた。その地位を保持したいと考えた短大関係者が、専科大学に反発したという構図でもあろう。だが、現下の高専も短大も、当時と比べれば、高学歴志向が強まり、社会的な地位は下がってしまった。いわば共倒れのふうである。

 私自身は、高専の専科大学化の是非は判断を保留している。ただ、もし今後同様の議論が出てきたとしても、詮無い話だ。

 以下、専科大学化が頓挫した経緯を伝える20年前の新聞記事を転載。

朝日新聞:1987年10月15日朝刊
●宙に浮く「専科大学」案、高専の改称に短大が猛反発
 全国に約60校ある高専(高等専門学校)のイメージアップには看板のぬり替えから、と進められてきた「専科大学」への改称が、短大を中心にした猛反発にあい、宙に浮いている。
 専科大学への改称は、高専サイドからの強い要望にこたえ、臨時教育審議会が第2次答申で打ち出した。昨年6月には、細部の検討のため、文部省の大学設置審議会・分科会に掛けられた。
 いまの名称だと、同じように中学卒で進学する専修学校・高等課程(一般には高等専修学校)とまぎらわしい。さらに独特の5年一貫教育によって4年制大学に匹敵できる内容の授業をしており、その実績にふさわしい名前を――というのが高専側の主張だ。
 しかし、分科会では、短大代表の複数の委員が反対を唱えた。その1人、馬渡房・東洋女子短大学長は「高専制度そのものを、大学と同じ内容にするのなら話はわかる。しかし、名前だけを変えるというので……。大学でないものを大学とは呼べません」という。
 分科会は先月まで7回、開かれたが、結局審議は「結論なし」で打ち切りに。
 高専の後期2年は短大と重なる。高専は改称と合わせて、現在の工業中心から、外国語や情報、経営にまで手を広げたい構え。そうなれば卒業生の就職で短大との競合は一層強まる。短大にとっては、一時のブームにかげりが出ている折だけに、危機感は深刻だ。





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