高専制度に関するメモ

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<<   作成日時 : 2007/01/08 23:52   >>

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下記のような切り口で、高専の歴史を振り返る予定。

T.高専制度の歴史

1) 高専制度設立前夜
 大学工学部・工業高校の中間に位置する“中級”技術者を求める産業界。6334制の傍系として戦前型の635制を基本とする学制の創設を要請。短期大学の廃止とリンクした新制度。しかし、短大側が大学制度の枠内での恒久化を要求し、猛反発。「専修大学」「専科大学」法案廃案により「高等専門学校」制度に方向転換。

2) 創設決定と量的拡大
 日教組・社会党などの反対を押しきり、「2級国道」(国会での文部大臣の発言)として出発。全国各地で誘致合戦がはじまり、3、4年でほぼ全都道府県に設置されるという急速な量的拡大。高専の設置都市と「新産業都市」指定地域の連関。

3) 学園闘争期の高専
 大学・高校と比較すると平穏だった高専。実態は、闘争も起こりえない徹底した学生管理の結果。筑波大学方式の先取りとも。しかし、「添書制度(学生会宛の郵便物の検閲制度)」「3校禁(3校以上の学生集会禁止)」「詰め込み教育」「産業界に奉仕する教育体制」「職工教育」などへの抵抗として、一部の高専で闘争が激化。旭川高専では在学生800人中60人が強制退学処分に。

4) 産業界に歓迎された高専卒
 第1期卒業生の求人倍率は20倍以上、就職率はほぼ100%。「物言わず忠実に働く」高専卒業者を企業は重用。一方で、独創性のなさの指摘も。

5) 袋小路批判と新構想大学
 複線コースの破綻。進路変更者の続出。大学3年次編入学の増加。技術大学院構想から科学技術大学の新設へ。新たな進学コース化。

6) 停滞期の高専制度
 所得水準の向上とともに普通高校→大学という進路が一般化。かつての高専在学者の父母は低所得層(日本育英会などの奨学金受給者は、全学生の3分の1から半数近く)が大半だったが、経済的事情による高専進学者は相対的に減少。国・文部省は対策として、制度創設時に提案された「専科大学」と改称し、地位向上を狙うも実現せず。

7) 分野の多様化と進学予備校化
 電波高校、商船高校の高専化。文系学科・専攻科の創設。「準学士」の称号を与えることに(学位ではなく、あくまでも称号という位置付け。短大卒も準学士の称号を得たが、その後、短期大学士という名称の学位に格上げ)。大学進学のためのバイパスルート化の進行。米軍基地の辺野古移設と引き換えに沖縄高専の新設を決定。

8) 再編された国立高専と存続危うい公立・私立高専
 国立高専は05年、独立行政法人国立高専機構のもとに一元化された。宮城高専と仙台電波高専、富山高専と富山商船高専の合併協議が始まるなど、高専再編の動きも。一方、私立高専の多くは経営に行き詰まり、8校中4校が大学に転換。06年4月から都立2高専は1校に集約された(既存2校は在学生が卒業するまで併存)。札幌市立高専も大学化し、06年より募集停止。公立高専も縮小・再編の途上にある。




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