高専制度に関するメモ

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zoom RSS 高専の志願倍率2 草創期と現在の実情

<<   作成日時 : 2007/01/22 00:40   >>

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高専の設立母体は、国立がほとんどだが、公立も私立もある。同じ高専なのだから、どこの高専も、学校の運営や雰囲気、入学してくる学生の性向・志向など、大きな違いはないのかもしれない。しかし、細かいところに目を向けると、自分が常識だと思っていたことが、他の高専ではまったく違っていたりする。そのひとつが前のエントリー「高専の志願倍率」で指摘したような、受験倍率にまつわる齟齬というか、乖離だ。

そのことに最初に気がついたのは、30年ほど前、私が高専を受験したときだった。

中学時代、私が高専を受けることに刺激を受けたのか、同い年の同じ郡内に住んでいた従兄弟も別の高専を受験した。私は県内の高専、従兄弟は隣県の高専だった。その結果、私は合格、いとこは補欠合格した。しかし、最初の合格者で充足したのか、あるいは、補欠でも入れたのに辞退したのか、従兄弟は地元の県立高校普通科に入学した。(余談ながら、受験前、従兄弟には高専に入りたいという“熱意”がまったく感じられなかった。同い年の甥っ子が高専を受けるなら自分の息子も受けさせたいと思った叔母が、むりやり従兄弟を受験させたんだろうなと、そのときに思ったものだ)

しかし、補欠合格の話を聞いて、あれと思った。私の受験した高専は、当時4学科あり全学科とも定員40人に対して42人が合格し、私の入った学科で1人の入学辞退があったほかは、全員が入学した。極端な水増し合格も、補欠合格の制度もなかった(はずだ)。合格すれば、県立高校の受験を取り下げるように中学の教師が指導していて、私も高専が第1志望校だから、そうするのが当然だと思っていた。私の入った高専では、受験生のほとんど(私の年は168人の合格者に対して167人が入学したので99%以上)が第1志望校だったに違いない。いわゆる「力試し受験」はいなかったわけだ。ところが、隣県の高専の場合は、辞退者をあらかじめ想定して補欠合格を出していたらしい。

第1志望の受験生を集める高専(あこがれ校となりうる高専)と、第2志望(以下)の受験生の多い高専(滑り止め的な高専)があったということになるのだろうか。その結果、志願倍率と実質競争率がほぼイコールの高専と、大きく異なる高専が存在しているということになるようだ。

ただ、私が入学した高専には特殊事情もあった。当時の校長は、県の教育長から“天上がり”してきた人物だった。国会で「高専法」が成立したのを受けて、県議会が国立高専誘致を求める意見書を採択。教育長は、副知事や設置予定地の市長、地元選出の国会議員らとともに、文部大臣に直接陳情するなど、高専誘致に奔走し、高専1期校の誘致に成功した。教育者ではない行政幹部の県教育長が校長になったのは、そういった理由だったようだ(ちなみに、特に教育に関心のあったわけでもない父親も、教育長時代の“活躍”を覚えていて、「あの校長は大人物だぞ」というようなことを話していた)。このような経緯があったから、高専に合格した中学生が入学を辞退するようなことがないよう、県教委としても特別の対応をしていたに違いない。

首都圏・近畿圏などの都市部では、公立高校と私立高校の併願はごくごく一般的なこと。大学入試も同様だ。志願倍率と実質倍率が乖離しているのは、それほど不自然なことではない。しかし、高専の入試では、そういった(ネガティブな)面をできるだけ語らないでおこうとしているかのような印象がある。以下、そのあたりの実情をあえて明らかにしていく。

草創期の高専における志願者の実態

他の高専ではどうだったのか、ずっと引っ掛かっていたことなので、とりあえず国立高専1期校(函館、旭川、平[現・福島]、群馬、長岡、沼津、鈴鹿、明石、宇部、高松、新居浜、佐世保)の第1回入試の実情について、年史など手もとにある資料からピックアップしてみた。

1期校12校の1962年度入試は、全体で定員1480人の募集に対して2万5866人が出願したことから志願倍率17.48倍にもなっていた(国立高等専門学校機構の資料より。ただし、志願者2万5276人、志願倍率17.1倍という資料もある)。以下、学校別にみると――。

○明石高専

1962年度入試の志願者は3730人、定員120人に対する志願倍率は31.1倍と、1期校の平均倍率の2倍近い超難関校となった。近畿地区に創設された国立高専は1校のみだったため、受験生が集中したのが大きな理由だ。実際の入学者は129人なので、数字だけみれば(見かけ上の)実質競争率も28.9倍という人気校と読めてしまう。

ところが、1964年3月19日付の新聞(紙名不詳)には〈国立明石工専(中略)は十八日、合格者のうち公立高校受験をかねた“腕だめし組”六十人を不合格にし、補欠から繰り上げ入学させることにした。〉〈同工専は公立高校よりも試験が早いため毎年、(中略)“腕だめし組”が殺到、合格者を決めても半数近くが高校に流れる実情。このためことしはとくに公立高校入試の十八日、合格者百二十三人(中略)を初登校させ、入学手続きをさせたところ(中略)、計六十三人しか登校しなかった。〉という記事が載っている。定員120人に対して志願者が1292人、志願倍率は10.8倍だったが、入学者は124人だったので、当初の合格者123人に加えて少なくとも補欠合格が61人以上いたことになり(補欠合格でも入学辞退者がいたはず)、合格者184人(以上)に対する実質競争率は7.02倍以下だった。

62年の追加合格者にかかわるデータはみつけていないものの、新聞記事通り、この年も合格者の半分近くが入学を辞退していたとみなすと、辞退者と同数以上の追加合格者がいたはず。実際の入学者は129人だったので、入学者の半数64人が入学を辞退していたとすれば、実際の合格者は129人プラス64人以上の計193人以上、実質競争率は19.3倍以下だったということになる。それでも、かなりの難関ではあるが。

○佐世保高専

1962年度入試の志願者は1622人、定員120人に対する志願倍率は13.5倍。合格者は132人。うち辞退者は27人。入学者は129人。以上が公表されている数字だ。従って、少なくとも25人以上の補欠合格者がいたことになり、トータルで157人以上の合格者を出していた。実質倍率は10.3倍以下だ。以後、辞退者は、63年49人、64年34人、65年38人、66年28人、67年23人となっている。

○群馬高専

1962年入試の志願者は2176人、定員120人に対する志願倍率は17.7倍。入学者は124人。『群馬高専二十五年史』には、合格者の総数の記述はなし。年史によると、1972年度までは〈各学科ごとに、検査した学力の上位40名を1次合格者とし、さらに高得点順に、ほぼ同数者を補欠者にした。この1次合格者・補欠者について2次試験をおこない、これらのなかから、1次・2次両試験の成績を合わせて選考し、上位40名を合格者とした。なお、合格を辞退する者がある場合は、成績の高点順に40人になるまで補充した。/しかし、こうした入学試験方法でおきた問題は、合格者の中から辞退者が続出して、時には各学科40名の定員が困難になることであった。〉という状況。「試し受験」による併願者が多数いたとしている。

そのため、73年度からは〈(1)1次合格者を入学定員の1.5倍程度とし、補欠者を選考しない。(2)2次試験を受ける者は、「2次試験に合格した場合、必ず入学する」という内容の誓約書を、2次試験の当日までに提出する。〉などと入試方法を変更。その結果、前年の志願倍率が4.57倍だったのが、73年は2.82倍と急減した。〈以前には、試し受験等の見かけ上の志願者がいかに多かったかを示している〉と評した。62年度入試の実質倍率も、正規の合格者と同数の追加合格者がいたとすると、10倍以下だったとみられる。

○旭川高専

1962年入試の志願者は2833人、定員120人に対する志願倍率は23.6倍。第1次合格者は134人。補欠合格者の総数は不詳だが、補欠合格を経て入学したのは40人。合わせて174人が合格。入学者は124人。63年以降は補欠合格者の総数と、そのうち入学した人数が『旭川高専二十周年記念資料集』に明記されている。63年は1次合格125人、補欠合格87人、64年は1次合格133人、補欠合格70人、65年は1次合格132人、補欠合格101人など。74年には志願者478人に対して1次合格者208人(定員160人)、補欠合格235人に達し、合格者の総数は443人にのぼった。志願倍率は3.0倍だったが、実質倍率は1.08倍という状況だ。

81年入試までで1次合格、補欠合格いずれも最大の人数となったのは76年。志願者726人(定員160人・志願倍率4.5倍)に対して、1次合格263人、補欠合格244人の合わせて507人(うち入学者159人、入学率31.4%)となり、実質競争率は1.43倍だった。

○福島高専

1962年度入試の志願者は2041人、定員120人に対する志願倍率は17.0倍。合格者は126人。入学者は121人。以上が公表されている数字。補欠合格・追加合格等について記述した資料は未見。補欠・追加合格がなかったとすれば、実質倍率は16.2倍となる。

近年の志願状況

現在、推薦入試の真っ最中のようだが、他高専の昨年度(2006年)入試のデータを各高専のサイトなどから、拾い出してみた。

○徳山高専

徳山高専については、すでに前のエントリー「高専の志願倍率」で触れた。

2006年入試では、推薦・学力合わせた志願者390人に対して、合格者は265人(定員120人)。志願倍率は3.25倍だが、実質競争率は1.47倍にとどまっていた。

○鈴鹿高専

2006年入試では、定員200人に対して、推薦の志願者が187人、(推薦を落ちた受験生を含む)学力試験の志願者が674人だった。推薦での合格者は77人だったので、推薦・学力を合わせた出願者の総数は751人だったとみられる。また、学力試験の合格者総数は276人。推薦と学力を合わせた合格者は353人だった。(明確な人数の記載はないが、これ以外にも「補欠合格」をだしているようだ(http://www.suzuka-ct.ac.jp/detail.pdfの記述から類推)。

従って、志願倍率は3.76倍、実質競争率は2.13倍以下だったとみられる。

○東京高専

定員200人に対して合格者249人、補欠合格者40人。計289人が合格。

○苫小牧高専

定員200人に対して合格者256人。

○旭川高専

2006年度入試では、志願者286人、受験者272人、合格者258人(定員160人)で、志願倍率は1.79倍、実質倍率1.10倍。

(参考)旭川高専の合格者の最高点・最低点・平均点
(全学科通し。推薦を除く学力試験の結果)
最高点 704点/800点(440点/500点)
最低点 379点/800点(237点/500点)
平均点 528点/800点(330点/500点)
満点は、国・社:100点,数・理・英:100点×2=800点。括弧内は500点満点に換算。
http://www.asahikawa-nct.ac.jp/exam/jokyo.pdfより)
ほぼ全入状態のためなのか、合格者と最高点と最低点の開きがかなりのものとなっている。

その他の高専は、学科定員に1〜5人(2、3人がもっとも多い)をプラスして合格者を発表しているところが目立つ。ただし、追加合格、補欠合格の有無は、それぞれの高専のサイト上では確認が困難であった。実情を知るには、直接問い合わせをするしかないだろう。

なお、2006年度入試の全高専の平均志願倍率は1.86倍とされているが、実質倍率はおおむね1.5〜1.6倍程度ではないかと考えられる。


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