高専制度に関するメモ

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zoom RSS ガリ版と高専新聞

<<   作成日時 : 2007/04/04 00:46   >>

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長らく更新が滞ってしまいました……。データ的なものを集積し、あとで個人的に活用しようと思ってブログを立ち上げたものの、気がついたらけっこうの数のアクセスになっていました。せっかくなので、双方向のやりとりも期待したいと思いはじめているところです。高専制度にかかわる新たな視点や情報などがあれば、コメントなどを寄せてもらえると嬉しく思います。

趣向を変えて昔語りをしてみようと思う。

高専の学生だった70年代終わりから80年代はじめにかかて、学生会の外局として設置されていた新聞局の局長を務めていた。73年ごろ、当局によって潰されていた新聞局を復興したのがきっかけだった。

子ども時分からなぜか新聞づくりが好きだった。小学校、中学校では児童会や生徒会の新聞委員会というのに属し、学級新聞、学校新聞づくりに興じていた。ガリ版(謄写版)、ボールペン原紙の孔版、ファックス印刷、活版印刷……。小中学校にかけて一通りの印刷技法に触れた。

とりわけ、謄写版には思い入れがある。ときどき、猛烈に、自分で鉄筆を握ってロウ原紙にガリを切り、ドロドロのインクをこね、ローラーを押しつけて1枚1枚印刷したいという感情が湧いてくる。

はじめて鉄筆を握ったのは、児童会の新聞委員会に入った小学校5年のとき、1970代はじめのころだ。担任がガリの切り方、印刷器(「印刷機」ではなく、あくまでも「印刷器」)の使い方を教えてくれ、学級新聞を作った。ロウ原紙に文字を書くとき、できるだけマス目いっぱいいっぱいに大きく書くと読みやすくなると、教師が教えてくれた。文字の角は、直角に折るのではなく少し丸みを帯びさせる。こうすると、どんなに下手な字でも、一気に読みやすくなった。このごろは見かけないが、わら半紙という粗末な紙に印刷した。

だいぶ経ってから気がついたのだが、こういうふうに書いたガリ版の文字は、大学の立て看のトロ字とよく似ている(ゲバ字という言い方もあったようだが、私の場合はトロ字のほうが馴染む)。読みやすさを追求すると、こういう書体になるのか、それともガリ版印刷に手慣れた人が立て看の文字を書いたので必然的に似ていったのか、そのどちらかなのだろう。

中学時代も新聞部に属したが、ガリ版からは遠ざかった。ファックス印刷機というのがあり、それを使った。謄写版と原理はほぼ同じだが、ロウ原紙に直接ガリ切りをするのではなく、紙に書いた文字を原紙に焼き付け、その原紙を原版にして、数百枚であっても一気に印刷できてしまう。原紙を焦がすときの臭いが独特だった。しばらく経ってから、理想科学のプリントゴッコというのが売り出されたが、そのしくみはファックス印刷そのものだった。

高専に入学し、新聞部があれば入ろうと思っていた。しかし、事実上存在していなかった。後でわかることだが、学生会に「外局新聞局」はあったものの、70年代はじめ、事実上の発禁となり、長らく発行が停止していたからだった。

事情を知ってか知らずか、学生会の執行部は、新聞局の実態はないから規約から削除して廃止したいと学生総会で提案した。私が3年のとき、年度替わりの直前のことだった。そんなことになってしまったら、ほんとうに新聞がつくれなくなってしまうとつぶやいたら、クラスメートのひとりが「それなら、お前がやるといえばいいじゃないか」と尻を叩いてくれた。思わずマイクにかけより、「ぼくが復活させたい。廃止は辞めてほしい」と発言していた。復興する者がいるのならつぶさないとその場で決まり、私がその責任者になることを認められた。もちろん、このときはなぜ新聞局の活動実態がなかったのか、その理由は知らなかった。

4年になってから本格的に活動を再開することにした。各クラスで局員を募り、10人ぐらいが集まった。4年が5人、3年が3人、2年が1人、1年が2人だったと思う。活動場所には学生会室を使うことにした。学生会(自治会ではない)とはいってもクラブ費の配分機関のようなものだったから、せっかくあった学生会室は応援団用の物置同然で、ほとんど活用されていなかった。散らかり放題の部屋を片づけ、黒マジックで新聞局と書かれた古びたロッカーを開けると、昔の新聞や資料があふれ出てきた。

そのなかから、ゲラ刷りの「高専新聞」を発見した。タブロイド版(一般的な日刊紙の半分の大きさ)8ページだったものの、欠落していたページがあった。1973年ごろの発行日になっていて、1面には「これが教育か」とゴシック体の大見出しが踊っていた。その内容は当時の私にさえ、すでに“歴史”でしかなかった学園闘争の様子が生々しく記されていた。しかしゲラだけ。どこを探しても刷り上がった新聞は見つからなかった。

70年代はじめ、成田の空港反対闘争(三里塚闘争)が高揚した。そのとき、高専生や近隣の高校生らが三里塚に出向き、逮捕者が出た。県の教育委員会はこれをきっかけに「三校禁」という通達を発することになる。無届けで3校以上の高校生が会合・集会を持ってはならないというバカげた内容だ(そのころ私は小学生だったが、地元紙で「3校禁」の記事を読んだ覚えがある)。高専では処分はなかったものの、近隣の高校では1人に退学処分、1人に停学処分が下され、このふたりを中心にその高校の校庭で抗議のハンストが行われることになる。これに高専生も支援に駆けつけた。高専新聞では、成田闘争とハンスト闘争の模様を報じようとしたものの、ゲラ刷りの時点で発行を止められ、その後、新聞局の活動は停止状態になってしまったということだった。

ちなみに、当時、高専で新聞局や闘争の中心を担っていたのは3年生だったらしい。新聞局長は3年修了とともに退学。周縁の学生も、次々辞めていったようだ。ゲラ刷りにだけ名前が残されていた新聞局長は中途退学なので、同窓会名簿には名前も連絡先も記載されていなかった。が、入学時の名簿によって、私が卒業した中学の先輩と判明。寮から帰省した際、妹にこういう苗字の人は知らないかと聞いたら、妹の同級生の縁戚で、関東地方に在住していることがわかった。後に、学校の工場見学旅行で鹿島工業地帯や京浜工業地帯をめぐり、東京で解散になった際、その先輩に会いに行き、直接話も聞いている。

新聞をつくるには、まずは印刷所を決めなければならない。活版印刷で出したいと思い、方々の印刷所をめぐったものの、そのころすでに活版は終焉を迎えつつあり、写植文字のオフセット印刷が主流になっていた。活版の見積もりをとったら、オフセットの2倍近かった。学生会で割かれた新聞局の予算は30万円。ブランケット版(日刊紙と同じサイズ)裏表の2ページで1000部強を刷ると、活版なら30万円近く、オフセットなら15万円ぐらいだった。これでは広告を取っても、1号か2号出しただけで、予算を消化してしまう。2ページか4ページで、年3〜4回は出したいと思っていたから、困ったなあと思った。

学校御用達の印刷所があったのだが、そういうところは敬遠したかった。筒抜けになっては嫌だと思ったからだ。だが、最後の最後、迷いつつも、一応見積もりを頼んでみたら、破格の金額を提示された。ブランケット版で8万円。やせ我慢はやめて、ここに頼むことにした(学校から引き受ける印刷物で利益が出たいたので、儲け度外視の価格を提示してくれたのだろう)。

実際付き合ってみると、面白い印刷所だった。直接の担当者は当時50過ぎぐらい。分厚いレンズが収まった昔風の黒いセルメガネをかけ、腕には黒のアームカバー(うでぬき)をしていた。版下作業をしているときは、棟方志功のように、机とメガネがくっつきそうになるほど、集中していた。「職人」という呼び方がふさわしい人だった。私たちの書いた記事にもよく目を通してくれ、いろいろアドバイスをもらったものだ。

出張校正のときには、ラーメンの出前を取ってくれ、麺をすすりながら四方山話となり、印刷所の社長は社会党の元代議士で、天皇誕生日は出勤日にしていることを教えてもらったりした。東京の消費者団体の機関誌も印刷していて、読んでみたらと渡された。そこには原発反対の記事が載っていた。印刷所が発行している媒体では、敗戦間もないころ、労働者が自治体警察の庁舎を占拠した「○事件」の検証記事が連載されていた。そういう雰囲気に馴染ませてもらった。

そんなこんなで、新聞局の活動ははじまった。だが、新聞の発行を止めるような学校だから、顧問という名の監視役の教員がついていた。いつの間にか決まっていたT助教授だった。そのTが最初に私たちに要求したのは「新聞の原稿を事前に見せること」。わだかまりを感じつつも、印刷所に回す前、原稿チェックを受けるために教官室に赴くのが私の仕事になってしまった。Tが赤えんぴつでチェックしたのは、文章の稚拙さを指摘するたぐいのものではなく、明らかに学校に不都合な部分を書き換えさせようとする意志が働いていた。文部官僚から天下ってきたK校長にも事前に相談していたらしく、Kの厳命だとして食べ物を扱うスーパーマーケットや飲食店・喫茶店などの広告を載せてはいけないなどと、とんちんかんな指図も受けた。

新聞局を復活した2年目、私が5年になったときにはTに加え、S教授が「顧問」についた。学校側は新聞局に不穏な空気を感じたからなのだろう。これを機に、検閲官は主にSに代わった。やはりSは、彼らに都合の悪そうな記事を書き直すように要求するのが役目だった。

そんな息苦しさから抜け出そうと、ブランケット版の通常号とは別にタブロイド版の批評を中心にした新聞と、週刊を目標にしたガリ版刷りの速報紙を出すことにした。オフセット印刷の新聞ばかり出したのではお金もかかるし、速報性もない。オフセット版の新聞のすき間を埋めるために、ファックス印刷が使えればと思ったものの、学生会には印刷機がなく、顧問に学校のファックス印刷機を使えるように手配してほしいと頼んでも、協力などしてくれなかった。自分たちの印刷手段を持つには、当時すでに珍しくなっていたガリ版に頼るしかなかった。

街の文房具屋でB4版の刷れる謄写版印刷器一式を購入した。印刷器本体が2万3000円ぐらいだったろうか。インクや鑢、鉄筆、ロウ原紙など、諸々をあわせれば3万円ほどだったはず。ついでに、自分用の鉄筆と鑢も購入した。家でも作業ができるようにするためだ。仕方なしのガリ版印刷だったものの、結果的に、久しぶりのガリ切りはとても楽しものになった。

ただ、ガリ版新聞の発行では一悶着があった。形式張った新聞ではないので事前検閲にまわさないと局員どうしで申し合わせ、最初の号は不在だったSの教官室に刷り上がりをおいてきたあと、すぐに各教室に配りはじめた。そしたらSが血相を変えて駆け込んできた。新聞の題号を高専の雰囲気をストレートに表現した「高専病棟」としたのだが、これにいちゃもんを付けてきたのだ。その場で紙名の発案者である局員のDとともにSと言い争ったものの、私は日和ってしまい、刷り直しを呑み、配り直すことにしてしまった。だた、題号は空白にした。次号からは当時の愛読誌だった『現代の眼』のタイトルを借用した「学生の眼」としたのが、せめてもの抵抗だった。ただ、『現代の眼』を読むような教員などいなかっただろうから、タイトルの由来などわかりようがなかったかもしれない。

学校の図書館で書棚を眺めていたら、学園闘争期に教員が参考にしたらしい学生運動への対処法が書かれた本をみつけた。そこには3%の学生が荒れれば学校が機能しなくなるといった記述があり、自分たちだけでは3%にはほど遠いなと苦笑しながら読み進めると、誰かが傍線を引いた「特別権力関係論」という言葉が目に入った。「公的施設の利用者(学生)は管理者(学校)の指示に従わなければならない義務がある」といった粗雑な法理論だった。なぁんだ教員らが依拠しようとしていた理屈はこれだったのかと思った。

新たに発行をはじめたタブロイド版の新聞では、この話にかこつけた記事で「特別権力関係論なんかクソ食らえ」と書いたら、Sは「汚い言葉は品位を傷つける」と難癖をつけてきた。「特別権力関係論なんかくだらない」と書き直したらなにも言わなかった。Sは特別権力関係論が何なのかも知らなかった。

さらに、局員のDが差別問題を論じる記事を書き、天皇制を「得体の知れない存在」だと記述したら、Sは過剰に反応した。「学校はトラのようなものです。歯向かっても勝ち目はありません。指先が腐れば切り落とすように、きみたちを切り捨てることは簡単ですよ」――。テレビドラマの金八先生で「腐ったみかん」の話が出てきた数年前のことだ。暴言にこらえながらも、意見に違いがあるのなら反論の場を提供すると私はSに提案した。そしたらSが書いてきたのは、天皇は敬愛すべき存在であり、日本人の精神的支柱だという内容だった。品位を考えて、タブロイド版には掲載せず、それでも同時発行したガリ版に載せてあげたのに、Sはタブロイドのほうに載せなかったことを不満そうにしていた。

当時、朝日新聞の地域版には、学校新聞の紹介欄があった。いきさつをしたためた手紙とともに新聞を送ったら、記者が関心を示し、教員の言い分と私たちの主張を対比した、1面の半分ぐらいになる大きな記事を書いてくれた。「ラディカル企画で学内に一石」という見出しだったことを覚えている。

高専新聞にかかわるエピソードは、ほかにもまだまだいろいろある。だが、あとはまたの機会にしたい。

高専卒業後、浪人時代から大学時代にかけてミニコミ紙にもかかわった。これはタイプ印刷だった。途中、経費節減のために、自分たちで版下をつくることにした。見出しは写植屋に頼み、本文はワープロで打ち込んだものを印刷屋できれいに出力してもらい、これを貼り合わせ、紙面に仕上げた。印刷はオフセットだ。ローテクな作り方だったが、これはこれで楽しい作業だった。専門紙を発行する会社に就職したときは、鉛の活字で紙面を組んで紙型をとり、これをオフセットで印刷するというやり方だった。活版の味わいが残っていて、これも面白かった。そしていま、私が付き合う媒体は、電算写植(CTS)やDTP出力によるオフセットが普通になった。

しかし、どの印刷もガリ版には敵わない。小学校時代と高専時代のガリ版新聞がいちばん楽しかったかもしれない。


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