高専制度に関するメモ

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<<   作成日時 : 2007/11/06 07:00   >>

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前のエントリーは2007年5月16日だった。ほぼ半年、更新をさぼっていたことになる。にもかかわらず、検索で行き当たったのか、ほぼ毎日、誰かがこのブログを読んでくれているようだ。なにかの参考になっているのなら、ありがたい。

もともと、個人的な備忘にすぎないブログなので、今後も気まぐれで書き込むだけになるだろう。でも、ちょっと期するところがあった。

インターネット上には様々な情報がある。個々人の発信する情報はもとより、司法・行政・立法機関や教育機関、企業・団体等々、あらゆる組織の公的情報を容易に一覧することができる。ところが、インターネット以前、とりわけ80年代以前の情報は、重要な資料・史料でありながら、発見できないことの方が多い。

過去のエントリーで、基礎資料になりそうな文書を列記してみたが、「高専制度(専科大学制度)の創設を要求する産業界の文書」の項で注記したように、ほとんどの文書はネット上で全文をみつけることはできなかった。いずれも、『資料 日本現代教育史』(1974年、三省堂)第2巻、第3巻から、当該の文書をスキャナで読み込み、テキスト化したものであった。

思い立って、吉田茂首相時代の「政令改正諮問委員会(政令諮問委員会)」の答申(1951年7月2日)の全文がネット上に存在するのか、検索してみたものの、やはり見つけられなかった。この委員会の答申には、高専制度の萌芽とも言える〈高等学校(三)と大学の(二)又は(三)とを併せた五年制又は六年制の農、工、商、教育等の職業教育に重点を置く「専修大学」を認めること。(備考)この過程の履修者に対しても、上級学校への進学の途を開くこと。〉という提言が収められている。それだけでなく、政令改正諮問委員会の答申は、戦前型の教育制度に引き戻そうとするかのような「逆コース」「教育反動」として波紋を呼んだ、戦後教育史に残る大事件であった(その時代にはまだ生まれていない、多少、教育に関心はあるものの、門外漢に近い私でも知っている出来事だ)。にもかかわらず、Googleで検索すると(関係のないサイトも含めて)政令改正諮問委員会は46件、政令諮問委員会は49件しか検索結果として現れてこなかった(2007年11月6日現在)。

では、吉田内閣が目の敵にした、戦後の教育制度の出発点となる「アメリカ(米国)教育使節団報告書(第1次)」(1946年3月31日)はどうかと思えば、推して知るべし、だ。

近年の高専がらみの出来事や公的文書はかなり容易に見つけられるものの、政令改正諮問委員会の答申やアメリカ教育使節団報告書でさえこんな状況なのだから、高専制度のかかわる歴史的な文書など、そうそうネットには転がっていない。せっかくだから、そういった資料・史料の掘り起こしにちょっとは、力を入れてみようかなと思いはじめているところだ。


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コメント(5件)

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参考になりました。
高専OB
2007/11/11 19:44
ありがとうございます。また、寄ってください。
independent(独立記者)
URL
2007/11/17 01:27
ずっと昔、高専に3年間在籍していました。工学とは違う方面に進学しました。
当時の閉塞感を今でも苦しい思い出として時々蘇ってきます。
1969年頃の高専制度を批判した朝日新聞や朝日ジャーナルの記事を今読み返すと、やるせない気持ちになります。
私か中退して暫くして、文部省から委託された団体から、中退の理由等の問い合わせのアンケートが送られてきて、正直に返信したことがあったのですが、最近、偶然、その報告書を古書店で入手することができました。
高専は私にとって良い思い出はありませんが、あの時の体験が後の人生を歩む上で大きな力になったと思っています。
高専中退の一人
2008/01/14 00:06
コメントありがとうございます。

その「朝日新聞」や「朝日ジャーナル」の記事は、高専在学中、掲載されてから10年ぐらい経ってから、近所の図書館で探し出して読みました。前のほうのエントリー「(戯れ歌)企業の奴隷」も、「朝日ジャーナル」に載っていたのを読み、その後、古本屋で入手した三一新書『戯歌番外地』に転載されていたのを見つけ、引用したものでした。

このような記事があることを知ったのは、学生会室にコピーが転がっていた、「高等専門学校の歴史的考察 中教審答申とかかわって」(山脇与平、1972年、国民教育研究所)という論文によってでした(この論文は『技術論と技術教育』青木書店に収められています)。いずれの記事とも、私にとっては衝撃的な内容でした。高専(高専制度)に対する違和の源を知ることができたからです。
independent(独立記者)
URL
2008/01/14 02:33
(続き)私は、高専を中退することはありませんでしたが、実はやはりまったく別の方向に進みました。にもかかわらず、高専中退の一人さんが書かれているような、高専時代の「やるせなさ」や「せつなさ」「もやもや」あるいは「怒り」をいまだに抱えています。ただ、反面教師的な意味合いも含めて、高専にいたからこそ、いまの自分であるとも思っています。そういうアンビバレントな感情というのは、もしかしたら高専中退の一人さんとも、共有しているのかもしれないと、勝手に想像しました。

高専中退者のアンケート調査ですが、「日本の古本屋」のサイトを通じて販売している古書店を見つけ、そのうち購入しようと思っていたのですが、もう一度、検索してみたらなくなっていました。買われたのは高専中退の一人さんだったのかもしれませんね。

もし、直接のやりとりをしてもかまわないということでしたら、いろいろ尋ねてみたいなとも思いました。ちなみに、プロフィール欄に私のアドレスは明記してあります。では、今後とも、よろしくお願いします。
independent(独立記者)
2008/01/14 02:36

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